おはよう、こんにちは、こんばんは。

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このブログに、決まったテーマのようなものはありません。みんなに話したいことを勝手に書くといういたって自己満なブログです。 記事はいくつかのカテゴリーに分類されておりますので、どうぞカテゴリでご検索ください。

ヴォーン・ウィリアムズの交響曲7

RVWの7番目の交響曲は《南極交響曲》というもの。

これは、『南極のスコット』という映画のために作られた音楽を交響曲として編成し直したものだ。
音楽の進行の気まぐれさがいかにも映画音楽を思わせるが、一方、情景がとても浮かんでくる。
南極の厳しい自然と、凍てつく空気、氷の幻想の世界が神秘的に描かれる。

この音楽を聴いていると、やはりジョン・ウィリアムズはRVWの影響があったのだろうと思う。
スターウォーズやハリーポッターぽいところがたくさんあるからだ。
そして、《田園交響曲》の第3楽章なんかは、『フック』のサウンドトラックにとても似ている。

この曲を初めて聞いたときは、その神秘的なサウンドにびっくりしたものだ。
今までの交響曲には無かったサウンドだからだ。

この時期のRVWの作品は、全体的にキラキラしている。
金属系の打楽器がふんだんに使われ、星のきらめきなんかが表現されているようだ。
カンタータ《光の息子》や《交響曲第8番》もその一つだろう。

ただ、この《南極交響曲》には、それらにはある“明るさ”がない。
言って見れば、全編に渡ってホルストの《惑星》の海王星の最後の部分の雰囲気が漂っている。


第1楽章は、凍てつく南極の情景描写的な音楽。氷のきらめきや風の描写、ヴォカリーズが幻想的で不気味な、救いようのなさを見事に表している。
最後の方の金管のファンファーレ的な部分は、いらなかったと思う。幻想的な雰囲気がぶち壊しになる。

第2楽章は、スケルツォ的。最初こそキラキラしているが、途中から少し間抜けでおどけた音楽になる。

第3楽章はそれこそ『風景』と題されている。交響曲のなかでもっとも長い部分。
第1楽章の情景描写的な部分を拡大したようで、オルガンの響きや、打楽器、チェレスタ、ハープなどで上手く幻想的なl光景を表している。

第4楽章は第3楽章と切れ目無く続くが、前の冷たい楽章と違って、鄙びたような旋律が続く。穏やかな楽章。

第5楽章は、ショスタコみたいな楽章。第1楽章最後にも出て来たファンファーレが邪悪になったようなものから始まる。主題も、第1楽章から取られているように思う。

全体的に、旋律とかがショスタコーヴィチっぽい。
オケの音色は全く違うが・・・。


おすすめ演奏は、特にないが、最初に聴いたバケルス指揮、ボーンマス響のものが間違いないと思う。
といっても、RVWの交響曲の中ではあまり好きなほうではないので、すごく聴き込んだ、というわけではない。


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近々の演奏会告知②

7月7日コンサート

告知が当日になってしまいました。
7月7日、七夕。
岩手県の優れた演奏家たちによる演奏会が、笹塚Blue-Tにて行われます。
19時からビュッフェ付きで3000円。

全体に、ふるさと岩手県を想うというコンセプトで、宮沢賢治に関する曲も多くチョイスされています。

その演奏会の中で、
僕の作品である、公演最初の《星めぐりの歌ー一色萌生編曲版》と最後の《心象スケッチーイーハトーヴに寄せて》の2曲が演奏されます。

《星めぐりの歌》は、賢治自身が作曲したメロディを僕がピアノソロに編曲したもので、七夕っぽい感じになっています。

《心象スケッチーイーハトーヴに寄せて》
は、短い序(賢治作曲の種山ヶ原の《牧歌》)と5つの曲からなる組曲です。
第1曲:イーハトーヴの夜明け①は、序の“牧歌”のメロディを受け継いで始まり、爽やかな風のような親しみやすい曲。
第2曲:おしらさまは、遠野物語の中の「おしらさま」の物語を歌った、鄙びたメロディの曲です。
第3曲:イーハトーヴの夜明け②は、『セロ弾きのゴーシュ』の後日談を歌ったもので、メロディは第1曲を3拍子にしたもの。
第4曲:カッコウのソナチネはオーボエとピアノだけの曲です。カッコーのモチーフがふんだんに使われています。
第5曲:無声慟哭は、賢治の詩を題材にしています。妹トシを亡くした賢治の悲痛な叫びを、音楽にしました。

他にも、演奏者さま3人、ソプラノの村上千秋さん、オーボエの戸田智子さん、ピアノの箭野純子さん、それぞれの思いのこもった素敵な演奏が楽しめます。
どうぞ、皆様こぞりにこぞって、おこぞりこぞさい。


ヴォーン・ウィリアムズの交響曲6

RVWの交響曲第6番について。

戦争三部作4〜6の最終章を締めくくる曲で、シリアスで重々しく、激しい曲だ。
作曲時既にRVWは75歳、これがラストシンフォニーになってもおかしくない年齢だろう。
もしそうなっていたら、それはそれで伝説になっていたに違いない。

なにせ、その終わり方、最終楽章が“虚無”なのだから。

ケージが4分33秒を書いた時、人々はこう思っただろう。
「無を作り出すのは無音ではない」と。

電車に乗っていて、電車やバスが駅に着いて、これまで鳴っていたエンジン音が消えた時、うとうとしていてもパッと目が覚めてしまう。
静かになったはずなのに静寂が破られた感じがする。

そう、“無”を表すには、“無音”を使えば良い、というものではないのだ。

このRVWの交響曲第6番は、1〜3楽章が、激しく、そして重い。時に耳をつんざくような不協和音に満ちている。
しかし、最後の第4楽章は、ピアニッシモが延々と続く。交響曲全体の3分の1の時間が、延々と続く、発展しないピアニッシモの音楽。
これほど“虚無”を表した良い例があるだろうか。

第2次大戦後の交響曲だが、誰もが、戦争後に見た荒れ野を想像しただろう。
そして、第3次大戦、つまり、核の戦争が訪れたら、あとに残るのは、このような世界だろう。

後にショスタコーヴィチは交響曲第11番で“血の日曜日”事件を描いているが、
その第1楽章が、また同じような不気味な静寂の世界だ。
しかし、それは、これから起きる大虐殺を暗示する、嵐の前の不気味な静けさ。

RVWの第4楽章は、嵐が過ぎ去った後の閑散とした世界だ。
かつて、こんなに救いが無く、発展も無く、虚ろな音楽が存在しただろうか?
しかも、交響曲の最終楽章として。


第1楽章は、いきなり激しい曲調から始まる。
次第にJazzっぽくなってきて、ちょっとおどけた感じにも聴こえるが・・・。

第2楽章は、非常に重い重い、痛々しい曲。
後半の、ドドドン!!というリズムが続くところは、かなりかっこいい。
戦争のまっただ中という感じがする。

第3楽章もまた激しい。
まさにバトルの音楽という感じだが、途中で入るサックスのソロとオケの掛け合いは、何か異国情緒があり、非常に面白い。

そして、第4楽章は、上に書いた通り、度肝を抜くほどの静寂の世界。

この曲は、4番同様、普段のRVWの牧歌的な世界観からは想像できない厳しさがある。
しかし、そんな中でも、他に無いような個性的な一面を書く、この75歳の作曲家の絶え間ない自己開拓の精神には驚くばかりだ。

RVWには、もしかすると、RVWらしさ、というのが無いのかも知れない。
それは彼がイギリス人であることの強みだが、

音楽的に辺境の土地であるイギリス人。
音楽において、守るべき“伝統”が無いからこそ、ドイツやフランス印象派、バルトーク、ショスタコなどあらゆるものを上手く取り込んで、完全に自分の語法として発展させてしまう。

これが“辺境人”の強みだろう。

その点で、日本の作曲家たちと、通づるものがある。

おすすめの演奏は、特に無い。


ヴォーン・ウィリアムズの交響曲5

これまで1〜4と交響曲を順番にレビューし、これで5番目。
交響曲第5番をレビューしたい。

そして、僕のヴォーンウィリアムズ熱は交響曲だけでは冷めないようだ。
ヴォーン・ウィリアムズの(聴ける)全作品を、レビューしていきたい。
熱が続く限り。

このように、コンスタントに交響曲を書いている作曲家は、全作品を位置づけしやすい。
「この曲は第4番の頃にかかれたから、この頃の作風だな」みたいな聴き方が出来るわけだ。
先日、コレクターズエディション(30CD)を買ったのだが、それでも全曲は入っていないようで、例えば割と演奏会数が多いブラスバンドの曲《トッカータ・マルチアーレ》なども入っていなかった。
その割に《音楽へのセレナード》などは3バージョン入っていたり、歌曲も、管弦楽伴奏のものとピアノ伴奏のものが入っていたり、充実しているものは充実している。


さて、本題の交響曲第5番は、比較的日本では上演回数が多いらしい。
編成が他より小さい(2管編成)こともその一因だろうが、何より第3楽章が映画音楽のように美しい。
そして全体に、澄んだ何とも言えない美しさ、清らかさが漂う。

この曲は彼自身の歌劇《天路歴程》と非常にリンクした作品で、《天路歴程》の中には、第3楽章や第4楽章の旋律が多く出てくる。
この歌劇は、しばしばヴォーン・ウィリアムズの最高傑作と言われたりもするが、その最高傑作から染み出た一番おいしい部分だけを使ったような贅沢感がある。

そして、この作品は、彼の戦争三部作の中間にあたる。
4番、6番は非常に激しく、いかにも戦争を思わせる緊張感のある曲だが、実は4番は第2次大戦前、第6番は大戦後。
そして、この第5番は、戦時中なのだ。

一番惨劇を間近で見ている時に、最も穏やかで平和な曲を書いた。
それだけで、心に痛々しいものが走る。

戦争中に、戦争の激しさを書かなかったのだ。
これは平和への祈りなのか、音楽による救済なのか。


第1楽章は牧歌的な音楽。ソナタ形式。
始まった瞬間から、何かどこか、この世には無い美しい場所にいるような感覚。しかし、次第に激しくなってきたり、現実をところどころで見せつけられたりする。

第2楽章は、これも牧歌的で、故郷を駆け巡る風のような音楽。これは僕は極めて個性的な、RVWにしか書けない曲だと思う。

第3楽章は、これは皆さんお待ちかねの、この曲の白眉でしょう。
感情的で美しい、愛の音楽。どこか懐かしさも感じさせる。
ジブリの映画、特にもののけ姫とかにそのまま使えそうな曲。

第3楽章は、ある意味では通俗的な、大衆的な音楽だったが、
第4楽章のパッサカリアはもっと神聖な音楽で、最後は天国に召されて行くように終わる。
これ以上澄んだ清らかな音楽は、なかなか無いかも知れない。


演奏は、僕はハンドリー/ロンドンフィルのものが一番美しく感じた。
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非常に牧歌的で録音の音も良い。
始まった瞬間に美しく感じられる。

変わり種に、クーセヴィッキーの演奏があるが、これは別のベクトルで良い!
この曲の持つ、何か霧のかかったようなぼんやりとした感じが苦手な人は、この演奏を聴くと印象ががらりと変わる。
ベートーヴェンと同じような感覚で聴けてしまう!
ただ、それがRVW的かどうか、というと、そうではないかも知れない。


近々の演奏会告知①

演奏会大告知です。

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6月30日、鹿児島県の離島である“喜界島”で対談+コンサートがあります。

そこで、僕の曲《心象スケッチ 喜界島》を演奏して頂きます。
演奏者には、喜界島の歌姫・川畑さおりさんと、ピアニストの廻由美子先生、ダンサーの玉川智美さんという非常に贅沢なメンバーです。

クラシック音楽のみならず、当日は様々な喜界島の音楽が大集結し、喜界島のあらゆる音楽が一同に揃い、溶け合い、アマルガムが形成され、宇宙が共鳴し、窓ガラスも割れ、隕石も降り注ぎます。

世界的作曲家である原田敬子先生、島の創造的な牽引者でありマルチアーティストである天才西さん、シンガーソングライターでFM「あまみじかん」のパーソナリティでもあるKODAIさん、島のクラシック教育を全面的に担い・作曲から様々な演奏が何でも出来る遠藤さん、といった各方面で一流の人たちの曲に並んで、自分の曲を演奏してもらえることは恐れ多くもとても嬉しいことだと感謝しています。

上記の川畑さん、廻先生に加え、伝統の島唄の第一人者菅沼先生、才能あふれる舞踏家で振付家のJOUさんなど、パフォーマーも非常に豪華です。

伝統文化の継承を目的とした素晴らしい企画で、各方面から注目されています。

こんな大きな演奏会に出させてもらえて非常に感謝し、誇らしく思います。喜界島は本土からは遠く、なかなか来れないと思いますが、この機会にぜひ来て下さい!!
とても良い島です。
また、その前には『対談』も有り、そちらは動画で生配信されます。
喜界島の“音楽”のいろんなシーンがここで明らかになることでしょう。
喜界島、小さな島ですが、あらゆる音楽に溢れていて、島全体がアーティストのような魅力的な場所です。
皆様もぜひ、いらして下さい!!!!!!!!!

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7月7日にも、東京笹塚で別のコンサートで曲を演奏して頂きますが、その告知はまた追ってします。


プロフィール

ボリス

Author:ボリス
血液型:O型
趣味:音楽鑑賞、読書、ツーリング、心霊スポットめぐり
好きな音楽:ベートーヴェン、マーラー、シベリウス、ヴォーン・ウィリアムズ、谷山浩子、マイク・オールドフィールド など


一応作曲家です。
まだまだ先は長いですね。まるで樹海を彷徨っているようです。
ようこそ、僕の森へ。

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