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音楽の“黒いユーモア”

アンドレ・ブルトンは、歴史的、リニア的拘束を打破し『黒いユーモア選集』というアンソロジーを綴った。
時代を超えて“黒いユーモア”のテーマのもと、あらゆる欧米文学を集め、それぞれの文学者に関して、ブルトンの考察を書き、その上でいくつかの作品を紹介するものであった。

全体の序文となる『避雷針』と題された部分に、その彼の提唱する“黒いユーモア”の定義を説明してあるが、それに関しては、“黒い”という部分は客観的ユーモアそのものに関して「黒いスフィンクス」と象徴化されているだけで、
“ユーモア”の部分の定義において、それはシュルモア(超自我)の上に成り立つもので、それは「客観的偶然」=「白いスフィンクス」と対のものでありながら、それら「二人のスフィンクスの抱擁の産物」として、創造物を取り扱っていることが示される。
その中で、とにかくこのアンソロジーは、前者のスフィンクスに重点を置きつつ読みたい文学を集めたものだということだろう。
とにかく避雷針は別にして、単に毒のあるユーモアを含む作品を集めたということだ。

さて、ブルトンは他にも、『魔術的芸術』という、絵画における『黒いユーモア選集』のようなものも編集しているが、それは例えばバルトルシャイティスの『幻想の中世』のようなものだろうか。
文学、絵画の“黒い”アンソロジーを手がけたブルトン。
しかし、音楽の分野には手をつけてはいない。

そこで、では、その音楽ヴァージョンをちょっと選出してみようじゃないかというのが、今回の企画なのです。
その選出基準としては、必ずしも“黒いユーモア”には限らず『魔術的芸術』のように“毒”と“黒さ”に注目したいと思う。
そして、出来るだけメジャーなものを選出したい。


まず、作曲家といえばはじめに思いつくのは何と言ってもベートーヴェンであろう。しかし、彼には暗い部分があっても、それは必ずしも“毒”とは結びつかない。
ただし、それが思い当たらない節もない。

澁澤龍彦は、18世紀“毒の御三家”として、スウィフトとサド、ゴヤを挙げている。
確かにスウィフトは“黒いユーモア”に、その先達として重要視され選出されている。確かに毒もユーモアも巧妙だ。しかし、真の暗さを含むものではないと僕は思う。それはシュールレアリストの先達としてヒエロニムス・ボスを挙げたり、印象派の先達としてターナーを挙げたりするようなものだと僕は思うのである。だから、敢えてスウィフトは“毒の御三家”からははずしたい。
では、代わりに誰が入るのかと聞かれれば、当然、ベルリオーズでしょう。ゴヤとベルリオーズは、マーラーとクリムトのように、その精神性が密接に語られる2人だろう。
それに、スウィフトだと、その御三家は文学者が2人も入り、バランスが悪い。まあ、音楽に精通していないと自身でも言っている様に「視覚型人間」の澁澤が選出した御三家だから仕方が無いことだと思うが、僕の「ベルリオーズ、サド、ゴヤ」のほうがしっくり行くでしょう、皆さん?
ということで、確実にベルリオーズは音楽盤黒いアンソロジーに含まれるわけだ。

ところで途中になっていたベートーヴェン。彼もまた、小山田義文『ゴヤ幻想』(2002三元社)の中で、ゴヤと結びつけ語られている。
その“聾”と“梅毒”による“心の闇”に関してであった。
ゴヤが50歳ごろ描いた自画像は、驚くほどベートーヴェンの肖像に酷似しているどころか、ボードレールすら想起させるものだった。ボードレールもまあもちろんデカダン派ゆえに『黒いユーモア選集』に選出されているが、まあ、そういう意味で“暗い”共通性はあるだろう。
『黒いユーモア選集』にスウィフトが入っているように、ベートーヴェンも選出してしまってもいいのではと思うが、スウィフトに対応するのはモーツァルトのような気もする。
だから、散々引っ張ったベートーヴェンは、今回除外させていただいて、モーツァルトを加えよう。

さて、なかなか話が進まなくてイライラしている読者もいるかもしれないので、ここから少しピッチを早めよう。

やはり、チャイコフスキーははずせまい。音楽はものすごくわかりやすく、オーケストレーションも華麗で互いに溶け合っているが、彼の奇行と自殺に経緯を評して。
その点で行くと、シューマンも挙げたいが、彼は少し真面目すぎる。

印象派の作曲家たちはどうだろう。
もちろん除外だ。イメージで語られる彼らは、ブルトンのイコノロジーに反する。

そして、絶対にはずすことが出来ないのは、やはりミスター黒いユーモア、マーラーだろう。
マーラーの最大の魅力と特徴として、誇大妄想主義、自己韜晦、黒いユーモアが挙げられよう。
その巨大なアマルガムを形成したオーケストレーションは、まさに分裂症そのものだ。
『魔術的芸術』には、当然のごとく世紀末芸術の代表、クリムトは顔を現すだろうが、もちろんマーラーがその音楽盤に顔を出さないはずがあるまい。

さて、その自己韜晦や黒いユーモアをそのまま受け継いだショスタコーヴィチも選出されてしかるべきだと思う。
さらに、そのショスタコーヴィチを曲の中で揶揄したり、スキャンダラスな『中国の不思議な役人』や『青髭公』なども作ったバルトークも入れたい。

時代は少し戻って、サン・サーンスも、『魔術的芸術』に取り扱われるであろう“死の舞踏”を作ったり、動物の謝肉祭で見せたユーモアを買って、選出しよう。

サティはどうか?確かに、曲はいたって普通だが、題名がぶっ飛んでる。あまり“黒いユーモア”という感じはしないにしても、まあ、『黒いユーモア選集』にはルイス・キャロルも選出されているので、選出しようじゃないか。

ケージはどうか?確かにエッシャーやマグリットが絵画で行ったように、ケージは音“そのもの”に対して問いかけをした。でも、その辺になってくると少しキリがなくなってしまう。まあ、ぎりぎりOKということで。

あ、シュトラウスやアンダーソンは?
悩ましいところではあるが“毒”をそこから抽出することは難しいので却下したい。


そんなところで、選出は以上とすることにしたい。

・モーツァルト
・ベルリオーズ
・サン・サーンス
・チャイコフスキー
・マーラー
・サティ
・バルトーク
・ショスタコーヴィチ
・ケージ

あれ??たったこれだけ??

結局自分の好きな作曲家が多くなってしまったが、僕が『黒いユーモア選集』や『魔術的芸術』で取り扱われたアーティストを多く偏愛していることに起因するもので、決して偏見というものではないことを主張したい。
もし、皆さんがこれを読まれて、「あれ?この作曲家はどうですか??」と思ったときは、どうぞお気軽にコメントして欲しい。
すごく嬉しいので。
もしくは、意見、批判もあれば、どしどしどうぞプリオネ左向き


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趣味:音楽鑑賞、読書、ツーリング、心霊スポットめぐり
好きな作曲家:ベートーヴェン、マーラーなど


一応作曲家です。
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